ドラマ『世紀末の詩』 最終話 感想

ドラマ『世紀末の詩』の感想を書きます。以下、ネタばれ含んでおりますので、ドラマを未見の方はご注意ください。

これ、放送されたのは1998年。まさに世紀末の年。

私はリアルタイムでは見ていなかった。野島伸司さんが脚本を書いているということで、もっと過激なお話なのかと思っていたから。

実際には予想を裏切られるほどメルヘンで、そして深いドラマでした。

おとぎ話なのです。一話完結。ですが、全体を通して見るもよし、一話ごとの独立のお話を楽しむもよし。十一話全部のお話に登場する名コンビ、百瀬と亘(わたる)、それぞれ山崎努さんと竹野内豊さんが演じています。二人が、愛について考察していくのです。

最終話では、二人はそれぞれに答えを出します。

愛は冒険(潜水艦)で、風船だと。

冒険っていうのは。危険を承知で、でも旅立たずにはいられない、そういう気持ちを愛に例えているのでしょうか。
愛は衝動的だからなあ。
理性では、説明できない感情の発露だったり。

冒険家っていうと。山登りとか?
どうして登るのかと問われて。そこに山があるからという答えは、有名な話ですね。

登った先に、なにか目に見える凄いものがあるわけではない。命に代えても惜しくないほどの宝が眠っているわけでもない。

なにかが保証されているわけでもないのに。すべてを投げ打ってでも、心の奥底から涌き出る衝動に導かれて、その先にある景色を見に旅立つこと。

劇中で亘は潜水艦で旅に出ました。それは、愛を象徴する冒険なのか。

見返りを求めない。ああ、求めないっていうのは嘘かな。求めるけど、たとえ何が返らなくても、そうせずにはいられない、なにも変わらない。一方的で激しい、感情のうねり。
だから冒険に出かける。とにかく、そうせずにはいられないから。

そう考えると、愛と冒険は共通点、あるかもしれない。

愛は風船っていう例えは。これは儚いという意味で、共通してるのかなあ。空に昇った色とりどりの風船も、いつかは空気が抜けて。落ちてしまうから。

私は、最終話の亘が好きです。
第二話では、他人(コオロギさん)を見下して大笑いするような卑小な側面を持っていた彼が。一話ごとに成長していった末、出した答え。

里見のことは好きで。
厳しい親に育てられて、人の物を盗るなんて一度もしたことがない彼が、結婚式の日にあなたを盗みに行きますなんて宣言しちゃって。まあ、それくらい好きだってことなんでしょうけど、でも結局行かなかったのは。それが彼の出した答え。亘の愛の形。
盗みたいと思っています。でもしませんよ。僕はあなたが、好きだから。亘の胸中を察するに、そういうことなのかな~。

>僕本当にあなたを、さらいに行きますからね。
>ええ、待ってます。

結婚式前夜。上記のセリフのときの二人は、まるでおとぎ話の主人公のようです。疑いを挟む余地など、どこにもないほどに。ただ、幸せなハッピーエンドを信じる童話の王子様、王女様みたいで。

>里見さん。愛の形が見たくありませんか?
>愛の形?
>ええ。明日見せてあげます。
>約束します。

里見を見上げる亘の表情は、とても大人びて見えました。今までとは違う自分になったから? 愛についてまたひとつ深く、悟ったから?
亘はこのとき、もう二度と里見に会うことはないと、決意していたのだと思います。里見にかける最後の言葉。永遠の別れ。

結婚式当日。

>(中略)生涯の愛を、ここに誓いますか?

そこで黙りこみますかっていう、ね(^^;
隣で新郎は、促すように優しく微笑みますけれども。私だったらもうこの瞬間、心の中で愛情がぷつんって、切れちゃってると思う。

要らないよ。誓いの言葉が言えない花嫁なんて。
他の人が好きなら、その人のところに行けばいいじゃないかーと。無理して、妥協で結婚とか、失礼だろうと。

長い長い沈黙の後。「誓います」と花嫁の微笑。

ひどいな。嘘をついても平気なのか。たった今、この瞬間まで。他の人との未来を夢見てたくせに。その人が来ないなら、次点の人でってことなのか。なんだその変わり身の速さは。

そういう愛って、欲しいですかね。それは、愛というより打算のように思える。
私がもし、花婿の立場なら。要らないですそんなもの。

知らなければ、うまくやっていけるんだろうかこのカップル。
なんだか、でも私が花婿だったら、本当に嫌だ。
ただ、そんな里見を選んだのもまた、本人の意志なんだよなあ…。

私はこのとき、教会に現れなかった亘の気持ちが、少しわかったような気がしました。亘は里見がそういう人だったから、教会に行かなかったのではないかと。

里見の中にある、傲慢な部分を。
恋人を傷付けても構わない。それも、最も劇的に、残酷な方法で。そして相手の痛みに酔い、自己の価値を確認する、エゴイスティックな心を。

そうか。里見は。亘を捨てた花嫁と、同じ存在なのですよね。

そうして、再び亘は彼女と向き合う。愛してると思った相手に。でもそこにあるのは、本当の愛じゃなかった。

彼女は亘を、愛していない。愛しているのは自分だけ。

略奪される花婿。略奪する恋人。亘の立場が変わっただけ。愛しい彼女はただ、状況を楽しんでる。悠然と微笑んでる。

そのとき、亘は気付いたのかもしれない、と思う。
なぜ自分があの結婚式で、惨めな敗者となったのか。それは、彼女の愛が本当ではなかったからです。

この世に、愛は存在します。ただ、真実の愛は、里見にも亘の元婚約者にもなかった。
教会でのドラマチックな奪還を許す花嫁に、愛などあるのでしょうか?花婿を傷付け、恋人に略奪者の咎を負わせ、それで幸せ? そんなはずないし。

最後の逢瀬で、さらいに行くという亘に、里見は嬉しそうに「待ってます」なんて言っちゃってましたが。その返事こそが。亘の行動を決定づけたんだろうなあ。もしも、それをとめる里見であったなら。

亘は教会に、現れたのかもしれない。

亘は、自分が略奪者の立場に立って初めて、略奪者もまた、愛されてはいなかったと知ったのではないでしょうか。

結婚式の前日。別れ際。階段を上がる里見を寂しそうに見上げたのは。自分が愛したのは幻だったと、亘が気付いたからかもしれません。目の前にいる人。姿形は、確かに自分の愛した人なのに。その心には、自分は存在していなかったと。深く悟った、その寂しさだったのかもしれません。

それじゃあまた明日、と言ったときにはもう、わかっていたんでしょうね。おやすみなさい、と言って車で走り去る亘を見送り、里見が不安そうな顔をしたのは。亘の心境の変化を、本能で察知したからだと思います。もう、亘は里見に恋していなかったから。
ただ、悲しい目で見てましたね。

最終話は、謎の少女ミアの演技も印象的でした。坂井真紀さんが演じています。このドラマを見るまで「絶対キレイになってやる」のCMの人、というイメージしかなかったのですが、ミアはハマリ役でした。

>お前は一体誰なんだ?
>死神…私いる…お前も…死ぬ…
>どうして、俺を連れていかない?
>あたし…お前…
>お前は死神なんかじゃない。天使だよ。
>ありがと。

亘を助けようとするミアと。ミアを気遣う亘と。二人の間に存在したのは、愛だったなあと。

私はこのとき、ミアに感情移入していたので、亘の言葉を聞いて胸がつまりました。

ミアは死神。だったら、こんなに好きな亘と、離れるのは必定。一緒にいれば死をもたらすから。なのに。
「天使だよ」なんて、力強い言葉。
いや、こんなこと言ってくれるような亘と別れなきゃいけないんだから、そりゃあ泣くでしょう。泣くしかない。たぶん、死神のミアにそんなこと言ってくれる人、亘しかいない。でも、だからこそ亘を解放しなきゃいけないという、この皮肉。

ミアは、自分の死神という役割に、今までなんの疑念も抱いていなかったんだと思います。ただ亘と出会って、この人を死なせたくないと思って。そのためなら自分が去るしかないと悟ってそれが悲しくて。
別れの時を知ったとき、ただ感情のままにわんわん、子供みたいに泣いた。その姿が、とても可愛かったなあ。

愛について考えながら、キャバレーのトイレでブラジャーを握りしめて独りで死んでいった百瀬。その最後は、百瀬らしかった。
百瀬の意志を継いで、潜水艦で新天地を目指した野亜亘。野亜が、新しい世界を創造するノアその人だとしたら、亘が行く潜水艦の先には、どんな景色が広がっているんだろう。

ノストラダムスが世界の終わりを予言した1999年が何事もなく過ぎ、今年はなんと2012年。『世紀末の詩』その続編があるとしたら、脚本家の野島伸司さんはどう描くんだろう? そんなことを考えていたらなんと、衝撃の事実が発覚。

野島さん、2011年に結婚されていたのですね。しかも23才年下の方と。そしてすでにお子さんがいらっしゃるとは。びっくりしました。自分を作品に投影しない作者はいない、と私は思っているので。亘は野島さん自身の投影だと思っていたから、その結婚はきっと、亘の見い出した新世界そのものなんだろうと想像しています。

ドラマの主題歌は、ジョン・レノンの『LOVE』。これを聴くと、愛って哀しいものなのかなあと、思ったりします。全面的な幸福を歌った曲には思えなくて。
ジョンとヨーコの愛も。この『LOVE』のように、喜びや優しさだけではなかったのかな、としんみりしたり。

愛ってなんだろう。あらためて考えてしまうドラマでした。

ですよね~。

 もうこのドラマについては書かない、と前に言ったにも関わらず、またしてもちょっと書きたいことが出てきたので書きます。『もう一度君に、プロポーズ』の話。
 以下、ドラマのネタばれも含む話になりますので、ドラマ未見の方はご注意ください。

 

 私、このドラマを見ていたのは、竹野内豊さんという俳優が好きだったからなんですが。
 竹野内さんがこのドラマの宣伝で、和久井映見さんと一緒に、初回放送前にテレビに出ていたのを、今さらながら拝見したのですね。

 そのとき、おっしゃっていたのです。
 もし自分が波留の立場だったら?と問われて。

 思い出させようとするのは相手を追いつめることになる。お互い別の新しい人生をスタートさせることが、もしかしたら幸せなのでは?と。

 このインタビューを見て、ますますファンになりました。
 いや~、ほんと、そんな風に考えていたんですね。

 まったくその通りだと思いました。このインタビューの時点で、撮影は始まっていたようなので。だとしたらあの、可南子の拒絶がピークだった頃を撮っていたわけで。
 このような感想が出てくるのは、すごく自然なことのように思われました。

 夫は、記憶があるから、妻を愛してるんじゃないんですもんね。
 たとえ、自分と過ごした大切な時間の記憶を、全部失くしてしまったとしても。それどころか、自分を夫として認識してくれなかったとしても。

 まあそれは、大きな問題ではない、ような気がします。
 また始めればいいんだから。

 記憶がないから、嫌いになる? 当然NOですよね。

 そもそも、結婚の時点では、二人の夫婦としての歴史なんて白紙。
 またそこに戻るだけ。
 これから作っていけばいい。

 記憶がなくて、残念だな~と思う気持ちはあったとしても。

 絶対に思い出せ、だの。そんなことは言わないでしょう。相手が失った記憶に苦しんでるのを、目の前で見ていたら。
 むしろ、そこには触れないであげるか。もしくは、「いいよ、記憶なんて戻らなくても。これからまた一緒に、歩いてくんだから」って、励ますだろうなあ、竹野内さんなら。

 このドラマの場合、記憶をなくした妻は、記憶を失くしたことに困っているというより、「いきなり夫だと言われた見知らぬ男を、どうしても好きになれなくて困っていた」ように思えてなりません(^^;

 そんな二人がとる、最良の道とは?

 竹野内さんの素直な回答に、好感を覚えました。

 いや、本当に、全く持って異論の余地ない回答なんですけど。でもそれを言っちゃったら、ドラマの意味がなくなってしまうのでは~~って(^-^;

 それでも、ちゃんとドラマ用の美辞麗句じゃなく、本音で語ってくれるところに人間性が出ているなあと思ったのです。しかも、ズバっと直球で答えず(それ言っちゃったら、番宣にならない)、きちんとオブラートに包んでるし。スマートな人だなあ。

 どんな状況で出会っても。
 好きになる人のことは、好きになるでしょう。

 もし環境によって、好き嫌いが決まってしまうなら、しょせん、それだけの愛情かと。

 こんな状況下で出会ったから、好きになった。
 こんな状態だったから、なんとも思わなかった。
 はたまたこういう環境だったら、むしろ嫌いになった。

 そういうのって、あるのかな?

 

 その人が醸し出すものって。内側からにじみ出てくるものって。偽り続けることは難しいし、心が惹かれるものの前には、理由など意味がないでしょう。

ドラマ『もう一度君に、プロポーズ』最終回 感想

 もうこのドラマの感想は書かないと言っておきながら、書いちゃいます。ドラマ『もう一度君に、プロポーズ』最終回の感想。

 なぜなら、ちょうど金曜日の放送時間にテレビの前に座れたもので。これはもう見るしかないと思いました。

 なんでも、流れに乗るということは大切だと思うのです。
 見るべきものなら、ちゃんとその時間に見られる環境が整う。

 心の奥底に、「竹野内豊さんはどんなプロポーズをするのだろう」という興味があったのも確かです。
 プロポーズ。最終回。どんな形になるんだろうなあっていう期待がありました。

 ハッピーエンドで終わるのはわかってました。ただ、そのシチュエーション。どういう感じで来るのかなあっていうのは興味津々です。

 オーソドックスに? 素朴に? 情熱的に?

 どんな決め台詞が用意されてるんだろう? 

 わくわくで最終回を見ていた私の、正直な感想です。
 以下、かなり辛口の感想となりますので、それでも構わない方だけご覧ください。ネタばれも含んでますので、ドラマ未見の方はご注意ください。

 まず、波留のプロポーズの場面。ものっすごく恥ずかしくなってしまって。目を逸らしました(/ー\*)

 セリフだけが浮いていたような。感情の伴わない言葉の羅列が、そこだけが強調されてもう、見ていてこそばゆくて、居たたまれなくなりました。

 私は波留に感情移入してドラマを見てたんですが、どうしても・・・波留が可南子を好きになったようには思えなかった・・・。

 そして、可南子も、本当に波留を好きになったようには思えなかったんです。

 なんというか。
 今までの経緯とか考えると(途中からは見てない回もありますが、あらすじは公式サイトで読んでます)、二人が再び愛情を確認しあうって、無理じゃないかい~と。

 それで、実際、波留の表情に、可南子への愛情は見えなかった気がする・・・なのに、歯の浮くような愛の台詞は。役者って、ツライのだなあ。

 可南子だってそうです。
 心がどうしても惹かれていく。偽っても、目が語ってしまう、みたいなところが、なかったような気がしました。

 でも、セリフ的には、二人はラブラブなわけで。もちろん、可南子は慎重で奥手の性格ゆえ、波留ほど直接的な愛の表現みたいなものは、ないですけどね。

 見ていて。
 あー、これはなんというか。竹野内さんも、和久井さんも、お疲れ様です、という気分になりました。

 すっごく無理なことをやらされてる感が。

 この流れで、二人が愛を確認し合うクライマックスって、不自然すぎるわ~という。

 全然惹かれあってない二人なのに、なんで教会でプロポーズなんていうシチュエーションが生まれてるんだろうという素朴な疑問。

 そこまでの盛り上がりがないのに、無理やりプロポーズ場面にもっていった感が、否めませんでした。

 もっとこう、可南子の中での変化を、丁寧に時間かけて見たかったです。最初は激しく拒絶していたものが、だんだん溶けて、むしろ惹かれていって、でも「言えない」みたいな。

 

 言葉にできなくても、絶対言えなくても、波留に対する揺るぎない思い。コップに、一滴ずつたまった水が、いつ溢れだすかという緊張感。表面張力で、ギリギリまで保ってたものが、波留のプロポーズの言葉で、決壊する、みたいなものがあれば。

 

 私がもしドラマを作ってたら、可南子をもっと、波留さん大好き設定にさせただろうなあ。もちろん、言葉に出してとかは一切なく。
 もう、どうしようもなく、目で追っちゃう、みたいな。

 

 波留を気遣って、可南子が一晩家泊まっていく場面がありましたけど。私だったらあそこで、同じ部屋で二人を寝かせたかなあ。

 それで、夜中に眠れない波留が、天井みつめて寝た状態のまま「起きてる?」って可南子に声かけて。
 可南子も仰向けに寝たままで、「起きてます」みたいな。

 以下、延々と妄想が続きますので、そういうの、大丈夫な人だけ読み進めてください。

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 それで、波留が自分の今までの気持ちを、ぼそぼそっと喋り始めたり。そして可南子が、波留の愛情を改めて知って、感動して泣いたり。でも夜中だし、真っ暗だし、声出さずに泣くから、波留は気付かない。

 「ありがと。今日泊まってくれたの、俺に気を遣ってくれたんだよね。もう十分だから。俺、わかったんだよ。可南子と結婚できて、本当に幸せだった。ありがとう。もう可南子は自由になっていいんだ」

 それで、暗闇にうかぶ可南子の顔が、くしゃっと歪んだり。
 自由になんかなりたくなくて。波留ともっと一緒にいたいものだから。でも、今までの自分の言動が招いた離婚への道筋、それをひっくり返すほどの勇気はなくて、何も言えなかったり。

 静かに、ただ涙が流れるんだけど、隣で寝てる波留は真っ暗な部屋の天井だけ見てて、全然気付かない、みたいな。

 それで、その翌日に、あの教会での電撃プロポーズだったらいいなあ。

 もうすっかり諦めてて、波留への思いと、離婚という現実に滅茶苦茶打ちのめされてる可南子が、あそこでいきなりプロポーズされて、一瞬あっけにとられて。
 それから満面の笑みになる、みたいなシーン、見たかったです。

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 そもそも、最終回見てて、あのソファで目覚めた波留が気の毒になりました。可南子~、ちゃんと寝室で寝るように言ってあげればよかったのに。
 あんなとこで眠ったら次の日、体痛いと思います。

 可南子自身は、どこで眠ったんだろうか。とか、余計なことが妙に気になりました。

 朝食作ってあげるのはいいけど、ソファで眠る波留のことは、気にならなかったのだろうか。

 

 最終回で一番見直したのは、可南子の弟、裕樹でした。おおー、なかなかいい青年じゃありませんか。それまでの子供っぽい言動はどこへやら、大人になるってこういうことなのね~と。

 桂も仕事に対して積極的だし、波留への淡い思いを過去のものにして、また新しい未来へ、着実に歩き始めてる。

 二人以外の人達も、めでたし、めでたしで終わりましたね。

 六年後。子供が生まれて、三人の光景はとても幸せそうでした。むしろ、あの教会でのプロポーズシーンより、幸福感は上だったような気がします。

ミニお知らせ 『もう一度君に、プロポーズ』感想 について

 ちょこっとお知らせなのですが、ドラマ『もう一度君に、プロポーズ』はもう見ないので、感想を書くことはこの先ないです。このドラマについて触れるのは、たぶん今日が最後。

 感想はこれまで放送ごとに、毎回書いていたので、もしかしたらそれを見に来る予定の方がいたら申し訳ないと思い、一応ご連絡です。
 ちなみに私は、昨日の第6回も見てないです。

 理由は、第5回までで、もうお腹いっぱいになってしまったから(;;;´Д`)

 以下、第5回までのドラマの内容(ネタばれ含)に触れていますので、未見の方はご注意ください。

 

 自分が波留だったら、もう無理だなあ~って思いました。記憶戻る戻らない以前に、ああいう、元彼と夫を実家の晩御飯に同席させて、夫にはわからない昔の話でみんな(夫除き)盛り上がって、というその行為自体に、大きく幻滅してしまうというか。

 相手が悲しむことを平気でやれてしまうようになったら、もう終わりだと思うんです。これは、記憶をなくしたから許されるってものではないと思うし。可南子も、行為の非常識さに気が付いてないわけじゃなく、わかってたはずですよ。逆のことやられたら、あの場に最後までいなかったんじゃないですかね。
 つらくて、悲しくて、憤慨して。
 席を立ってしまったような気がする。

 場を壊さないように最後まで留まり、笑顔さえみせた波留の優しさ。
 第三者として見ていて、もう十分だよ・・・と思ってしまいました。

 これ以上一緒にいても、お互い傷付くだけですね。可南子にその気(復縁)がみえてこない。むしろ元彼には自然に惹かれていくのに。

 波留が可南子を大切に思うなら、自分の気持ちじゃなく相手の気持ちを優先するのが、本当の愛なのかもしれません。自由にしてあげることが、最大のプレゼントになる。子供もいないし、それが一番円満で、みんなが幸せになれる方法なんじゃないかと思いました。

 そもそも波留、本当に可南子のこと好きなんですかね?
 結婚に対する義務感、責任感、それから家族というものに対しての憧れで、結婚に執着している面もあるのかなと思いました。

 真面目で、そんなにチャラチャラしてるタイプでもないし。可南子と離婚したら、すぐに次がみつかるわけでもない。そんな中で。

 きっと寂しがりな彼が、温かさの象徴である可南子を、失いたくなくて、という一面もあるのかなあ。妻として愛しているか? それは、絶対とは言い切れないかも。

 だって。しつこいようですが。妻は記憶を失ったからといって夫との共同生活はせず、実家に戻って独身のようにすごし、友達と遊びにいったり元の職場に復帰したり。それなのに、夫と関係を修復する努力はみえてこないというのは、いくら鈍感でも、そういう相手を再び配偶者として愛せるかなあ・・・。

 やれることってあるじゃないですか。一歩ずつでも。
 夫婦だった記憶がなくて、いきなり他人じゃ怖いかもしれないけど、じゃあ短時間のデートとか。2人きりが怖いというなら、実家でみんなでご飯を食べるというのでもいいし。(当然、そこに元彼なんぞ呼んではいけません)
 毎日じゃなくてもいい。でも、少しずつ、そうやって接触する時間を増やしていって、波留のことを知りたい、知って行こう。一から恋愛始めていこうっていう気持ちが、可南子からは感じられないのです。

 そして、そんな可南子を、愛せるかなあ。私、自分が波留の立場だったら、とても無理だな。冷めてしまうと思う。

 記憶がないぶんだけ、本当の可南子、というのが今、波留の目の前に立っているのかもしれません。
 夫婦である、という枠をとりはらったら、そこに残るものがなんなのか。

 もし可南子が、記憶を失って戸惑っている。もう少し時間がほしいっていうなら、ちゃんとそれを波留に伝えるのも必要だと思うんですね。正直に、今私はとても戸惑っていて、あなたをいきなり夫としては見られないけれど、少し時間をくれませんか。それまでは一人にしておいてもらえませんか。
 家に来たりすると、動揺して、いろいろあせってしまうんです。だから一人で考える時間をください。どんな答えが出るかわからないけれど、自分で出した答えは必ず伝えるから、それまでは申し訳ないけど二人きりでは会えない・・・・・そういうことをちゃんと話したなら。波留は無理なことしないと思うんです。たぶんそっとしておいてくれるはず。

 波留が、可南子の様子を気遣いながら(可南子には迷惑がられながら)ちょこちょこ連絡してくるのは、傍から見てると、当たり前だよな~って思います。だって夫だもん。そりゃそうでしょう。まったく無連絡というのは、それはそれで冷たい。

 だけど、なんだかこのドラマを見てると、可南子は結局、波留に対してすごく抵抗感があるように見えてしまって。それだけに、波留のやっていることが空回りに思えて、結局どっちも幸せにはなれないような。

 この状態で。無理やりうまくまとめて、再び二人は幸せに暮らしましたっていうのはあまりにもできすぎかなあと。
 結婚は両性の合意が原則なのに、その合意の部分が大きく揺らいでいる。そこを無視して、同情(波留さん必死だから、可哀想だから復縁するわ)や、世間体(しっくりこないけど夫婦関係は事実だから仕方ないわ)で、なんとなく再び夫婦に戻るのは、なんか違ってるような気がする。

 ぐだぐだと長く書いてきましたが、要するに私には、波留と可南子が、本当に愛し合ってるようにはみえないんです。それに尽きます。

 愛し合ってる二人なら、外部からの障害(恋敵の妨害)があっても盛り上がるしドラマの続きを見ようとも思うのですが、それがそうではないようにみえるから、「じゃあ別れればいいのでは」と単純に思ってしまうのです。

 記憶が戻らないと愛せないというなら、それって本当に愛なのかな、と。疑問に思います。本当に好きな相手なら、真っ白な状態で出会っても、何度でも、何回でも、好きになるような気がしました。

ドラマ『もう一度君に、プロポーズ』第5話 感想

 ドラマ『もう一度君に、プロポーズ』第5話を見ました。以下、感想を書いていますが、ネタばれを含んでおりますので、未見の方はご注意ください。

 相変わらず、波留(竹野内豊さん)を拒絶し続ける可南子(和久井映見さん)ですが、一哉(袴田吉彦さん)に対しては心を許してる気がする~(^^;

 一哉もまんざらでもないみたいだし、もう、可南子と一哉が一緒になるラストでいいような気がしてきた今日この頃。

 だって、あれは本当に、可南子は波留のこと、好きじゃないと思うよ、うん。心の深い部分で、拒絶してるもん。壁作っちゃってる。時間がたてば氷解するようなものじゃないと思うね。
 一哉と再会したときにみせた、照れ笑顔。決して、波留にはみせなかった顔だもんなあ。

 要するに、理屈では、「夫である」ということは理解していても、心がついていかない状態なんですよね。心が動かない。じゃあ、どうしようもないじゃん、と思ってしまう私は冷たい人なのかもしれないけど。

 たとえ記憶を失くしても。
 もし真っ白な状態で出会っても、やっぱり好きになると思うよ。その人が好みのタイプだったら。
 そういうの、きっと本質的に、変わらないと思う。

 可南子は、波留のことを「優しくていい人」とは思っても。イコールそれが、恋愛にはつながらないんだろうあな。理屈じゃなくて。もう感覚的なもので。
 このまま、彼が「夫である」ことを盾に、可南子を縛り続けるのはむしろ、罪のような気がしてきた。

 いくら日にちが経っても。波留と一緒にいる可南子は幸せそうにも、リラックスしているようにも見えないし。別居して実家で暮らしていることに、違和感を感じていないみたい。

 そして、驚愕の元彼(一哉)VS現夫(波留)、実家にての鉢合わせ~。見ていてドキドキしちゃいましたが、あれ、普通は元彼の方が遠慮するだろ~と思いました。
 だって、大病して記憶なくして、結婚のことも忘れてしまい苦しんで実家戻ってる女性の家へ、のこのこと行きますかねえ? まあ百歩譲って。弟みたいに思ってる裕樹(山本裕典さん)が強引に誘ったとしても。 
 家に夫が来てたら。遠慮して帰るんじゃないのかなあ、と。

 でも遠慮するどころか、波留にはわからない、昔話で盛り上がっちゃうあたり、一哉は自分の方が、可南子にはふさわしい、と考えているのかもしれませんね。自分の方が、彼女を幸せにできるという自信が、透けて見えたような気がしました。
 あなたが彼女を不幸にするなら、僕が彼女をさらっていきますよ~的な。

 それとですね。そんな一哉を追い返さない可南子も。
 暗黙のうちに、波留に平手打ちをくらわせてると思いました。

 たとえ記憶は戻らなくても。申し訳なく思って当然のシチュエーションではないかと。静養のために戻った実家で、元彼と夫が鉢合わせなんて。
 元彼には、帰ってもらうというのが普通かなあと思うのですが、私の考え方がおかしいのかな。というか、元彼と必要以上に接触をもつ時点で、なんだか波留への裏切りのような気がします。

 一緒にタクシーに乗ったり。忘れ物届けてもらうついでにお茶したり。実家で食事したり。

 そういうの、私が夫だったら許せないと思う。
 思いやりがなさすぎる。ただの同級生っていうならまた別かもしれないけど(それでも、女友達ならともかく男だからなあ・・・)。なにしろ、元彼だもん。そこには気を遣って当たり前だと思うのですが。

 だからこそ、次回予告での「可南子、離婚しよう」という言葉に、納得してしまいました。あーそりゃそうだろうね。ここまできたらもう、それしかないだろうなあ。
 だって、可南子はそれを望んでるだろうから。
 待っていてほしい、なんて思っていないと思う。むしろ、波留との夫婦関係が重荷になってしまっている。

 元彼との失礼な食事会が終わった後。去って行った波留を思い、可南子がみせた涙。あれは、決して、「私、やっぱり波留が好き」という涙ではなかったと思います。
 むしろ、「こんなにひどい失礼な仕打ちを受けてもなお、変わらぬ愛情をくれる優しい人なのに、私はこの人を愛せない。申し訳ない」という涙だったような。

 可南子の気持ち、わからなくもないです。
 いい人だから、優しいから好きっていうのは、違うしなあ。恋愛感情ってもっと不可思議で、説明のつかないものだと思う。
 あんないい人なのに・・・と周りが言ったところで、本人が異性として好きにならなければ、結婚するのは難しいと思う。
 気持ちが動かなければ・・・。心の本質的なところで、わかりあえる相手でなければ、一緒に暮らしたいなんて、思えないでしょう。

 どんなにかっこよくても、優しくても。
 心が動かない相手と、長い時間を一緒に過ごすことはできないです。

 今回、一番眼福だったのは、波留が

>後輩を育てるのも先輩の大事な仕事だよ

 と、クリップボードで桂(倉科カナさん)の頭をコツンと叩くシーンでした。

 あの映像に、ズッキューンと胸を撃ち抜かれました。

 だって、思いっきり手加減してるんだもの。竹野内さん、優しい人なんですねえ。波留だから、というのではなく。いくらドラマとはいえ、年下の女性の頭を、なんのためらいもなくはたける人ではないんだなあというのがわかって、好感度がアップしました。

 あれ、演出ではないと思うのですが。
 あのためらいに、衝撃を受けました。

 もし相手が裕樹だったら、もう少し強い力で小突いてたのかな。
 ふざけてるシーンなので、思いきりよく叩いてもおかしくない場面ではあったのですが。

 力をとっさに抑えた、その瞬間の本能のようなものに、感動しました。